Spinach Forest

March, 2026

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スキルと筋肉・再訪

子の学校の課題・宿題で、Mountain View の歴史(のある側面)をリサーチしてなんか書く、というものがあった。半分くらいはチームで話し合い、最終的には個々人がテキストを出すらしい。

授業の時間だけでは終わらないので宿題として持って返ってくるわけだが・・・これできんの?親の手伝いが期待されている旨の連絡をうけ、どうしたものか困ってしまう。

リサーチというのは、学校貸与の Chromebook で Google Search することである。しかしサーチしたところで出てくるのは Wikipedia や .gov サイトであり、子供向けには書かれていない。読ませても語彙が足りず理解できていない。いや native English speaker の親でないので子の語彙も平均以下かもしんないけどさ、そうでなくとも三年生にこれは厳しくね?

子のサーチの様子も興味深い。キーワードマッチではなく質問箱として Google を使っている。たとえば “why xxx is important to mountain view” とか検索する。わー CM みたい。AI Overview は無効化されてるっぽいし、そんなん答えらんえーだろ・・・と思いきや、何らかの意図を汲み取り何らかの snippet を表示してくる。子は、それをコピペし、提出物のテンプレートにあわせて書き直し、出来上がり。本文読みやしない。ページを click through しても引用箇所がハイライトされるので、Wikipedia の長い本文から自分の質問の答えを探す必要がない。生成こそしていないが LLM チャットの体験に限りなく近い。最近はみな embedding based search だろうからある意味 LLM だとはいえ・・・。

これは「リサーチ」の勉強・練習・訓練になっているのか?日常のヌルい「リサーチ」には近いかもしれないが、そういうのを学校で鍛えたいの?本文スキャンして semantic linear match-and-rank する脳細胞鍛えなくていいの? Google Search のスキルも Goolge Docs のフォントの変え方もわかんなくていいでしょ今?

自分は HOWTO としての「スキル」をあまり信じていないのかもしれない。それよりも目を泳がせず複雑なタスクを遂行できる脳の筋肉(比喩的な意味で)を鍛えてほしいと思っている。この宿題の筋トレ成分は薄い。

LLM でいうなら context engineerring や harness construction は学校、特に小学校でやらなくていいと思う。必要なのは pretraining じゃん? あと pure reasoning RL じゃん? コンテクストいじりじゃなく backprop でパラメタ鍛えてだんだん context window 広くしてやってくれよ学校!頼むよ!!うちの子の computing (brain) resource を docs の font 変えるとかの computer use overhead で浪費しないでくれよ(本題から逸れた)!!!

コンピューターリテラシーはタイピングまででいいし、インターネットリテラシーはなくていいと思うんですけどね小学生。小学生の脳なんて attention brokering な今日の商業インターネットなんてまだ処理できないと思わん?保守的過ぎ?


そんな話を百年前に書いたのを思い出したのでリンクしときます: 第5回 体力vs.スキル | gihyo.jp

考えられなさ

最近、ものを考えられない。以前からたびたびブログを書けないという話をしているが、その延長、というより要因としてこの頭の働かなさがある。なんとかしたい。

考えられない理由を考えてみる。

プライバシー。一つには、インターネットに書きたくはないプライベートな事情に影響をされる事柄が身の回りに多くなっているせいで、それについては書けない。そして書けないことはあまり時間をかけて考えない傾向がある。オフラインに書けばいいのかもしれないが・・・。

単なる筋力の低下。書かないでいると、書くための話題を記録しておいたり、そうした話題についてぼんやりと考えを巡らす、ということをしなくなる。すると書くこと、考えることがなくなる。潜在的に書きうること、考えうることに気づかなくなる。

メディア依存。本来ものを考えるのに使える時間を podcast とか YouTube とか、その他のインターネットで融かしている。とりえず YT app は disable したが他も取り締まったほうがいいのだろうか。

エーアイ。ふと気になることが合った時、以前は調べて書いたりしていたが、チャットに聞いて気が済んで終わり、みたいのが増えた。最近はちょっとした愚痴とかもエーアイに吐き出しがちである。ヤベーな(※語彙のなさの露呈)。

運動。最近、勤務日の昼休みは脂肪燃焼のために歩いていることが多い。そうすると本来書くのに使えた時間がなくなる。書くだけでなく読む時間もなくなる。

退屈さ。仕事して通勤して家事して寝る、という暮らしだと、書く題材となりうる活動を何もしてないので、書くことがない。以前はそれなりに仕事のことを書いていたが、最近は仕事についてなにか書きたい気持ちが無い。下手に書いても悪口ばかりになりそうだし。

不穏さ。プライバシーと関連し、あまり書かない方が良さそうな不穏ことを考える傾向がある。これは別に今始まったことではないかもしれないが、傾向は強まっている気がする。あとインターネット全体の不穏度が高まっているので、なにかを書いて公開したい気分が盛り上がりにくい面もある。


こうして買いだしてみると Podcast 聞きすぎが重症疑惑だな。基本的に通勤中プラス散歩中しか聞いていないが、「しか」といいつつ二時間くらいあるからね毎日。

ブログを書いていた頃は歩きながら考え事をして、それを書くことが出来た。それが今できないのは・・・筋力の低下ですかね。ただ「退屈さ」ファクターにも不安はあり、つまり時間を開けたところで、何か書くことはあるのだろうか。見通しがない。

まずは公開しない日記的なものを書くことでリハビリといいのかもしれない。