Revisiting Getting Things Done

日々のすべての側面で色々なものがとっちらかり生産性が底を打った感があったので教典としての Getting Things Done を読み直す。五年ぶりくらいだろうか。読んでいると「何度読んでも発見あるはずだからたまに読み直そうな」と書かれており、はい・・・となる。

  • 自分の GTD の運用が崩壊したのは、next action を考えるのをやめていたからだった。ただの仕分け作業になっていて、そのせいで捗らず、捗らないので廃れていった。
  • 廃れの副作用・原因として weekly review も失われていた。
  • その割に Todoist 上のカテゴリ分けが複雑になり、レビューのしやすさを損ねていた。
  • あと Inbox review の頻度が低かった。Weekly review の一環だと思っていたが、もっと頻繁にやるものらしい。言われてみればそうでしょうね・・・。Weekly Review は "project list" を全部みるらしい。
  • 頭に浮かんだことを(タスクに限らず)とりあえず inbox する、というのも廃れていた。ツールに Todoist をつかっていて、そういう todo app に「頭に浮かんだことを書き込む」というメンタルモデルがなかった気がする。慣れが必要。
  • 物理的な書類の片付けも大事だなと思い知らされる。家庭があると書類も増えがちなので。これは、おいおい整理していきます。

といった発見があった。


我ながら書いていることがカルトの信徒みたいでやばい。しかしカルトの信徒なので仕方ない。

GTD, 今からみると opinionated な TODO アプリの使い方くらいに解釈できるが、初版が 2001 であるという事実に狂気を感じる。2001 年、スマホは当然ないし、インターネットもだいぶ原始的な時代である。TODO アプリの始祖 Remember The Milk の創業が 2004, ついでに Evernote 社も 2004 年創業. GTD を読んでいると紙の扱いにやたらページを割いていて不思議に感じるが、2001 年なら当然だ。しかし紙でこんな入り組んだことをやるとか正気の範疇でないし、自分も 2001 年、というかゼロ年代にこれを読んでいたらやる気にならなかった気がする。スマホが社会に浸透し画面もでかくなり、ツール類も成熟した 2010 年代後半、GTD 二版の時代で、ようやくメインストリームが消化できるアイデアになったのではないか。

なんとなく日本語訳を見てみると 2001 年に即座に翻訳されているが売れた様子がない。その後 2008 年に訳し直され、こっちは売れたらしい。日本の生産性インフルエンサーみたいな人が訳しており、自分も見覚えがある。2008 年だと、スマホはない (iPhone 発売直後だ)がデスクトップのインターネットは発達していて、ラップトップに張り付いて暮らしている人なら GTD も可能だったのかもしれない。2015 年の二版も同じ人が訳している。それにしても日本語の Amazon レビューは辛辣だな。こういう自己啓発本はもっと軽薄にヒャッホーこれで俺も生産性エリートだぜー人生変わっちまったぜーって感じで読むんだよ。アメリカ人のノリを見習え


ところで本書、具体的な手法の話は前半でだいたい終わって、後半は strategic / spiritual な話になっていく。そのへんは適当に読み飛ばせばいい。ただ GTD の bottom up nature は物事を前に進めるために重要という主張には説得力がある。世の中、価値観とか無関係にやらないといけないことがいっぱいあるあらね。納税とか学校ボランティア労働とか庭の掃除とかさ。

にが言いたいかというと、David Allen はやばい。カルトの親玉に値する狂気がある。みんなも入信して mind like water を手に入れよう!