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On Private Writing #7: Actions And Experience

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(目次)

こうして private writing を整理してみると、自分の private writing は良く言えば action-biased だと言える。中心が Tracking Notes と Braindump にある。そして flow-based というか時系列がメイン。Tracking Notes, Timeline, Braindump もだいたい時系列に保存している。Blog 的なものをツールとして重宝してきた帰結かもしれないけれど、flow-based は action-biased と相性が良い。仕事を前に進めることを重視しているから。

自分はアカデミアでも作家でもなく会社員プログラマなのだから、Writing が Action 重視なのはまあまあ理にかなっている。仕事で、なくてもいいけどコードで、成果を出したいとしたら、Zettelkasten 的にアイデアを溜め込んでばかりでも仕方ない。そして、そういう努力の甲斐あって昔よりは action-biased writing は上達した気がする。気の所為かもしれないけど、仕事で tracking-notes に頼る度合いも上がってるのは事実。

一方で知識や洞察を、具体的なものも抽象的なものも、整理備蓄していくのは、やはり必要なのではないかという気がしている。そういう知識の蓄積が「経験」なわけだから。全ての経験が言語化される必要はなく、体が覚えている「仕草」にしておく方が良いものもある。コードに落としたほうが良いこともある。でも「考えて整理して書く」という形を与えたほうが良いものもあるだろう。

そういうのは昔はブログでやっていた気もするが、ブログは今は色々めんどくさいことが多い。あと粒度や精度や機密性などがブログにあわない知識も多い。構造も与えにくいし、インクリメンタルに育てるのも難しい。ある程度まとまって結論の出た考えをブログに書くのは良いと思うけれど、その手前にある経験や洞察、あるいはもっと具体的な手順書や tips みたいのも、もきちんと捕獲してあげたい。仕事の成果とかもきちんと文書化して、これは private writing ではないけれど、ノウハウを周辺に伝えていきたい。

たぶん何らかの指導的立場にあるとそういうののやる気も起こしやすいんだろうけど、自分はそういうのまったくないからね。外圧に頼れない。まあ外圧には副作用もあるので、自力でやる良さもあるだろう。

一通り考えを整理したおかげで Zettelkasten 的ノートの自分の中の位置づけがはっきりしたのはよかった: 自分たち practitioner にとっての Zettelkasten は経験や洞察や細かい知識を積み上げるツールという面を持っている。それは Tracking-Notes や Braindump のような action-biased writing の相補である。目先の仕事ですぐに役立つわけではないが、引き出しや背骨として支えになるだろう。つまり、経験というものを目に見える形で手元におけるようになるだろう。

なんとか習慣化できるとよいなあ。