Spinach Forest

On Private Writing #6: PKB (Is Absent)

|

(目次)

自分にはいわゆる Permanent Notes が無いなと思う。純粋に Zettelkasten 的な、つまり academic/non-fiction writing の材料としての Permanent Notes に限らず、より一般的な備忘録というか Wiki というか Personal Knowledge Base / PKB みたいなやつ。コード片かもしれないしコマンドラインのチートシートかもしれないし、仕事的な文脈以外だとたとえば納税の HOWTO かもしれないし、子の学校関係の記録かもしれない。

そういうのはあったほうが良い気がしているが、無い。知り合いで Wiki を self-host している人がおり、偉いなと思う。自分は古くは Evernote 最近だと Notion とかでやろうとしたが、身についた試しがない。How to Take Smart Notes を読んで、何かあった方が良いと考えを新たにした。


なぜ PKB が板につかないのかと考える。別に正当化したいわけではないけど。

まずプログラミングの話を含めた一般的な知識は、ウェブで検索するとそれなりに見つかる。自分で書いたメモがあった方が速いだろうけど、いちおう探せるので致命傷にはなりにくい。他人の力でウェブに知識が外部化されているおかげでノートがなくても死なずに済んでる。

つぎ。超具体的で構造化しやすい知識、データは他のところにある。銀行の口座とか SSN とかは password manager に覚えさせている。親族の住所とかは spreadsheet に書いてある。メールアドレスや電話番号はアドレス帳に入ってる。コマンド履歴は history に入っている (これは mess up されやすいので何らかの改良が必要)。などなど 20 世紀の「メモ」が担っていた役割は構造化データベースに移譲された。Tracking Notes や Todoist のような action oriented な writing も同じ。

別の言い方をすると: knowledge は可能なら外部化、構造化、自動化した方がよい。

そんなわけで自ら記録すべき純粋な "knowledge" の重要度は、ぼんやり考えているよりは小さい気がする。過剰に不安がる必要はない。ただなくていいとも思えない。いつも外部化、構造化、自動化できるわけではないし、構造化、自動化だって大して徹底できていない。

そして具体的な知識はさておき自分ならではの発見なり洞察という本来の Permanent Notes の守備範囲は、インターネットは補ってくれない。やはり自分のための何かは必要。

ところで PKB の不在は仕事の方が顕著である。なぜなら externalized knowledge すなわちインターネットがあてにならないから。これもなんとかしたいなあ。